そして生前に母に感謝の気持ちをささげる休日を設ける呼びかけが議会を動かし、やがて大統領にまで届きました。
1914年、当時の大統領「ウイルソン」が、5月の第2日曜日を、国旗を揚げお母さんに感謝の意を示す「母の日」と制定し国民の祝日となりました。
このようして「母の日」は、世界中に広まりました。 日本では、1915年(大正4年)に当時青山学院の教授だった「アレクサンダー女史」により紹介され、婦人矯風会などキリスト教関係の団体が中心になり、「母の日」を広めることとなりました。
昭和に入り皇后誕生日の3月6日が「母の日」となりましたが、戦後は5月の第2日曜日が「母の日」という現在のかたちになりました。
ともあれ、「母の日」とは、普段なみなみならぬお世話になっている、かけがえのない母への感謝気持ちを表す日だということですね!
「母の日」の代名詞「カーネーション」ですが、元々はアンナが「亡き母をしのぶ」花言葉の白いカーネーションを祭壇に飾ったことから、母が健在な方は「赤いカーネーション」、母が亡くならていれば「白いカーネーション」を胸に飾り母への感謝の意を表わし、次第に母の日にカーネーション(または花)を贈るというスタイルになりました。
日本では戦後、資金作りのために全国未亡人団体協議会が未亡人会や母子寮の授産所で作った赤、白の カーネーションを全国に売り、全国的に行事を行うようになってから特に盛んになりました。
しかし、カーネーションに区別を付けると、お母さんのいる子は赤、いない子は白となり、「子どもの心を傷つける」という声も多く、家庭の事情等で義母に育てられた子は「どちらをつければよいか迷う」場合もあり現在では、赤いカーネーションを贈るスタイルへと変化しています。
このようにして「母の日」にカーネーションを贈ることが定番になりました。
そして現在では、カーネーションを贈るという限定された形ではなく、母親が望むものを贈るのが主流になってきているようです。
ともあれ、赤いカーネーションを見ると、なぜだか母親を思い出してしまいますよね。「母の日=カーネーション」という式は、日本人の脳裏から当分消えることはないのでしょう。